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青天の霹靂から学ぶ、家族ワンチームのすすめ 実践編

現在人生39年のてつみです。結婚して家族ができてからは8年。

二人のこどもがそれぞれ4歳と1歳の結婚7年目に、夫が仕事をやめ、妻としても夫婦としても家族としても、「これより下はないと思いたい、何としてでも、家族の幸せを守りたい」と切に願うほど、どん底に突き落とされました。私にしてみたらまさに青天の霹靂でした。それを機に家族とは夫婦とは何なのか、この局面をどう乗り切るのか、なんて毎日考えて過ごすようになりました。

まだまだ我が家は渦中にいるため詳細は控えますが、我が家のように何等かの理由から「家族の危機」に見舞われ、「なんとか支えあって苦境を乗り越えたい」「家族が崩壊しそうだけどなんとかしたい」と困っている人の、ヒントになればいいと思い体験から得た事を記事にしようと思います。

家族の危機はワンチームで乗り越える

そもそも家族とは自分ではない他者との集合体

冷たい言い方に聞こえるとやや不本意ですが、夫婦は他人同士です。そして親子も一般てきには血のつながりというものがありつつも、完全たる別人格です。

私はそんな近いようで自分ではない他者との集合体を家族と定義します。なので、1人以上であればその定義を満たす限り、家族と言えます。2人家族でも3人でも、4人でも基本的には変わりません。

苦境を乗り越えるためには、その問題の内容によって、解決方法も様々です。いずれにしても、我が家の場合は、家族バラバラでは不可能だと実感し、乗り越えるだけでなくその苦境を糧にし、よりよいものにするために団結が必要だと思うようになりました。そう、ワンチームです。強固なワンチーム作りは簡単ではありません。だって苦境も様々で、相当なものもあるでしょうから、ちょっとしたことで崩れてしまうこともあるでしょう。そんな中で行きついた確実に実行できる方法が一つあります。自分自身の小さな「相手への思いやり」の積み上げです。他者に求めるものではありません。あくまでも「自分自身」の問題です。 断言しますが、この後書くことは、読んでいただければなんてことはない、当たり前のことです。ですが、この当たり前の小さな努力がとても難しいんです。人間ですから。だからこそ日々積み上げ、薄皮を1枚1枚重ねるように、続けていかなければならないと思います。

苦境時にこそ、家族ワンチームのための毎日の積み上げ

1、対話は必須、ことばのコミュニケーション

大概の家族の苦境や危機はことばのコミュニケーション不足ではじまったり、ひどくなったりする気がします。家族間ではたびたび「阿吽の呼吸」という都合のよい怠惰なコミュニケーションを選びがちです。阿吽の呼吸を否定はしませんが「言わなくてもわかる」というのは怠惰に思えます。「言わなくてもわかる」が長年続くとそのうち「何を考えてるのかわからない」につながります。それが「不信」につながると、元に戻すには相当の時間や努力が必要となります。

私は、できるかぎり、自分の気持ちをできるだけ「ことば」で伝えるようにしてみました。

ただここで注意すべきは、聞く耳をもたれない「ことば」にならないようにすることです。なにせ家族は他人だったり別人格であったり、うまく伝わらないことも多々あります。私は日々痛感しています。ここ1年間たくさん失敗しました。失敗から学び今行っていることをお伝えします。

私「なんでいつも○○は××しないの?すごいやなんだけど」「話ちゃんと聞いてるの?」

○○「聞いてるよ!いまやろうとしてるんじゃん!こっちはこっちで忙しいんだよ」

私「いつもやってないじゃん、やるやる言って!」

〇〇「うるさいなあ」

私「ふはおいたおうえいう9いsっじゃkm」

失敗です。ただのうるさい女になってしまっては、失敗なんです。これは「ことば」ではなく相手にとってはただの「文句」をいわれているとしか感じてもらえません。たいていのこの失敗は気づかない限り永遠にループします。それをやっていると苦境を打破することに本来割く時間を無駄に浪費することになるし、良い結果にはなりません。失敗が失敗をよび大失敗です。最悪、個人攻撃となり相手を心理的に追い詰めてしまうことすらあります。こうなると失態です。

私はやめました笑。

やったことは1つ。簡単だし、お金もかかりませんし化粧も着替えも必要なく、自分も気分がいいのでおすすめです。

家族間でも魔法のクッション言葉(枕詞)を使う

「すごく言いにくいことなんだけど、、、」

「忙しいとこ、ごめん、ちょっと話したいんだけど」

「遊んでいるとこ失礼、ちょっとお掃除してもいい?」

これは、相手への思いやりの気持ちでもあります。本当に伝えたいときや、わかってもらいたいときには、相手の状況を思いやることも大切だと思います。そして相手を思いやれた自分に少しの成長を感じ、たとえ結果が納得いかなくともさほどにいらいらしません。根気よく続けることです。

そして不可欠はありがとう・ごめんなさい

この言葉が出るうちは、問題ありません。言いにくくなっていたら危険信号なので、もし「ありがとう」って言ったほうがいいのに言えないと思ったら、

「〇〇してくれてすごく助かったよ、ありがとう」と「ありがとう」にも一言クッション言葉を添えるとすごく言いやすくなります。

「思わず、いらいらしてしまった、ごめん」とかでもいいです。

チームのための毎日の積み上げ

・本当に聞いてもらいたいときは、相手を思いやり「魔法のクッション言葉」を使う

・ありがとうを伝える

・ごめんなさいを伝える

2、愛をもって喧嘩すること

ただ、どんなに枕詞をつかっても、対話しても、人間ですから、ことばのコミュニケーションがうまくいかず、結果「口論」になることも事実です。喧嘩をしたことがないという夫婦や親子もいるかもしれませんが、一般的に程度の差はあれ経験があると思います。特に明らかに一方に原因があり、家族や夫婦が危機に陥っている場合はかなりの確率で夫婦喧嘩になります。

私は夫婦喧嘩も必要だと思います。もちろん条件付きですが。そこに愛がある喧嘩であれば無駄ではないと思ってやりました(笑)。

愛のある喧嘩とは家族のための「切れ気味」の真剣議論

単なる個人攻撃は愛はありません。いじめです。家庭から一歩でると理不尽さはいたるところにあります。家庭内で理不尽に相手を攻撃することは、いわゆる家庭内暴力であり、ときにDVであったり虐待であったり犯罪行為です。これらがある場合には、こどもを優先にしたありかたを真剣に考え、すぐ行動におこさなければなりません。もし、そういった家庭内で理不尽な「暴力」が発生していたらしかるべき機関に相談通報してください。

家族みんなが楽しくなるように、相手に何か改善を要求したり、こどもの自立を助けるために伝えていく上での真剣議論が時に感情的におこなわれるのが「愛のある夫婦喧嘩」でしょうか。

なので、始まってしまったら、私は、本当にわかってほしいときには、できる限り、冷静に「伝えたいこと」をきちんと伝えきります。そして相手の言いたいことも聞きます。ただ、反省すべくはしばし「切れ気味」であるということです。

喧嘩したあとにやるべきこと、それも対話です

親として大人として最も罪悪感が残るのが、これらの夫婦喧嘩をこどもの前でしてしまった時です。そのときはうじうじ悩んでも、時すでにおそしですので、私はそこに愛がある限りは、お話ができる年齢であれば、素直にこどもとその喧嘩についてお話するようにしています。我が家ではこの「お話し」が絆を保ったと思います。お風呂でお話することが多かったです。

私:「○○、さっきはごめんね。ぱぱと喧嘩しちゃったね。実はね、ママはパパの××がちょっと嫌だったんだ。それでパパにそれを言ったら、パパも嫌だったみたいで、喧嘩になっちゃった。」「ママ、どうやったらパパにわかってもらえるかな」

5歳女児:「ママ、もっと優しく、笑いながら言えばいいんじゃなーい?」

私:「その通りだね笑、でもすごくそれ難しいわー」

5歳女児:「練習すればいいんだ!」

こんな感じです。夫婦喧嘩を幼児にみせてしまったという罪悪感を感じたときには、その気持ちを素直にこどもに伝わるようにお話することをおすすめします。これもこどもという他者への思いやりです。まだ小さく人生経験の少ないこどもの笑顔を守る、せめてできる「思いやり」だと思います。

そして、そのこどもとの会話を夫婦で共有することができれば、自ら、無駄な消耗戦と化した夫婦喧嘩を終わらせることができます。

私「喧嘩したこと、○○ちゃんにあやまったら、今度はもっと優しく言うように練習したらとアドバイスされちゃった。」「さっきはごめん、本当にあたまにきちゃってて。言い方、悪かった。」

夫「こっちこそ。あんまり気にしてなくて。次はきをつけるよ」

家族ワンチームのための毎日の積み上げ

・愛のある喧嘩=家族のための「切れ気味」の真剣議論

・喧嘩したあとにやるべきこと、それも対話

家族は1日にしてならず、を実感します。

今回は、すでに私が実践したことを書きました。

次回は、挑戦していることについて書いていきたいと思います。

はじめてのブログ記事です。最後まで読んでいただきありがとうございました。

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